千葉県松戸市にある「戸定が丘歴史公園内」「戸定邸」に「Olympus PEN E-PL9」をぶら下げて撮影に行ってきました!
江戸幕府最後の将軍「徳川慶喜」の弟である「徳川昭武」の住まいとして、
明治維新後に建てられた木造建築物で「国指定重要文化財」です。
今回は、撮影した写真をメインにご紹介しますね!
戸定邸の案内
戸定邸は、江戸幕府、最後の将軍「徳川慶喜」の弟である、水戸藩最後の藩主「徳川昭武」の住まいとして建てられました。
国指定重要文化財です。
戸定邸の写真
戸定邸には何度が来てますが、ミラーレス一眼レフを購入して本格的に撮影目的で来たのは今回が最初です。
まずは写真達をご覧下さい。
「戸定邸」は、戸定が丘歴史公園の中にあります。
階段を上って門を入ると、別世界です。
「戸定邸」の入り口です。
入館料を支払い早速撮影しました。
ちなみに、戸定邸の職員の方に撮影の許可を得ました。
戸定邸は、写真撮影しても大丈夫ですが、戸定歴史館は、ダメだそうです。
まずは、「使者の間棟」から。
それにしても、素晴らしい木造建築です。
奥の中庭に置かれていたという鉢と葵紋付長持です。
「表座敷棟」の写真です。
「表座敷棟」から望む「旧徳川昭武庭園」です。
素晴らしい庭園ですね。
この日は富士山は見えませんでしたが、江戸川と富士山の眺めも望めます。
大正10年以降の、増築部分であるこの洗面台は、「徳川昭武」の孫夫婦が新婚時代に朝、顔を洗っていたと言われています。
「中座敷棟」の写真です。
「奥座敷棟」の写真です。
「湯殿棟」の写真です。
昭武自身の頃は、かけ湯で入浴していたようで、その頃は、浴槽はなかったそうです。
天井の見事な「回し張り」。
杉材が張られています。
「離座敷棟」の写真です。
欄間の蝶々が可愛らしいです。
「戸定が丘歴史公園」の写真
明治以降の徳川家の住まいとして、現在一般公開されているのは「戸定が丘歴史公園」が唯一の場所です。
江戸幕府、最後の将軍「徳川慶喜」「徳川昭武」は、松戸に「戸定邸」を構えました。
1890年頃のことです。
当時約7万㎡を超えていた、敷地の約⅓が、現在「戸定が丘歴史公園」となっています。
2019年5月11日(土)現在の「戸定が丘歴史公園」の写真を是非見てくださいね。
まとめ
いかがでしたか?
私の地元千葉県松戸市にはとても貴重な建築物があることをとても誇りに思います。
江戸幕府、最後の将軍「徳川慶喜」の弟「徳川昭武」の住まいとして建てられた「戸定邸」です。
「国指定重要文化財」です。
松戸の象徴とも言える、江戸川を庭園から望むこともでき、とても素晴らしい立地条件です。
また、空気が澄んでいれば、富士山も望むことができます。
庭園から西側に見える、江戸川は、夕暮れ時には美しい夕焼けも望むことができるでしょう。
ぜひ、あなたも訪れてみてくださいね。